1. 序: AV産業を「欲望の記録装置」として見る
AV業界は、しばしば「男性の欲望を一方的に映す媒体」として批判される。 確かにその指摘には重要な問題意識が含まれている。しかし同時に、 産業規模・多様なジャンル・詳細な視聴データを持つAV産業は、 社会学的には性的欲望の「リアルタイム記録装置」としての価値を持つ。
特に男優の類型化とその変遷は、日本社会が「男性に何を求めてきたか」の変容を示す 一指標となりえる。どんな男性が「人気を博す」かは、市場メカニズムを通じて その時代の欲望の集合的傾向を反映する。本稿ではこの視点から、 2000年代以降の男優タイプの変遷を社会史的に読み解く。
2. 分析の枠組み: Connellの「覇権的男性性」
社会学者Connell(1995)が提唱する「覇権的男性性(Hegemonic Masculinity)」は、 特定の時代・文化において「理想的な男性のあり方」として支配的地位を占める 男性性の様式を指す。覇権的男性性は単一・固定的ではなく、時代とともに変容し、 複数の男性性が階層的に共存する。
この枠組みをAV産業に適用すると、男優タイプの変遷は当該時代の 「覇権的男性性の変容」を映す鏡となる。「どんな男優が主流か」は、 「どんな男性性が性的魅力を持つと考えられているか」の指標となる。
3. 時代別分析
3.1 1990年代後半〜2000年代前半: ガテン系・硬派の時代
バブル崩壊後の1990年代後半から2000年代前半、男優の主流は「ガテン系」「硬派」「おやじ」系だった。 土方・工場労働者・漁師・トラック運転手など、肉体労働に従事する「ワイルドな男」が好まれた。
この傾向は当時の社会状況と連動している。バブル崩壊による経済停滞・ サラリーマン神話の崩壊は、「経済力」に基づく男性的権威を相対化した。 代わりに「身体的強さ・本物の男らしさ」への回帰的欲求が高まった時期と重なる。ガテン系男優は、 「経済的成功よりも身体的強さ」という逆転した価値観の体現だった。
3.2 2000年代後半: イケメン革命
2007年前後から「イケメン男優」ジャンルが急拡大した。これは複数の社会的要因が重なった結果だ。
第一に、AKB48に象徴される「アイドル産業の爆発的拡大」と「視覚的魅力の大衆化」だ。 「かっこいい男性へのアクセス」がポップカルチャーを通じて広く民主化され、 「清潔感・顔の良さ・ファッション性」が男性の第一評価指標となっていった。
第二に、インターネットの普及と口コミ文化の成熟だ。「イケメン男優」という言葉が 検索可能なカテゴリとなり、女性ユーザーが積極的に求めるコンテンツとして 市場に認識されていった。イケメン男優カテゴリの確立は、 女性視聴者の嗜好が初めて産業構造に反映された重要な転換点でもある。
3.3 2010年代前半: 草食系・優しい男の台頭
2010年代、「草食系男子」という言葉が普及したと同時に、 AV産業でも「優しい」「甘い」「丁寧」な男優への需要が可視化されてきた。 Shigekito(2009)が造語した「草食系男子」は、当初はネガティブなニュアンスを持ったが、 次第に「攻撃的でない・感情表現豊か・女性を尊重する」という肯定的側面が強調されていった。
草食系男優・優しい男優カテゴリの成長は、 「性的関係における合意と尊重」への社会的意識の高まりとも連動している。 「ワイルドで乱暴な男」より「丁寧で優しい男」への需要の増加は、 ジェンダー関係の規範変容を反映する。
3.4 2010年代後半: フィットネスブームとマッチョ再評価
2015年以降、ライザップを代表とするフィットネスブームと連動して、 「マッチョ」「筋肉」への嗜好が復活・強化された。ただし2000年代の「ガテン系マッチョ」とは 異なる様相を持つ。現代のマッチョ嗜好は「トレーニングによる美しい筋肉」であり、 「ガテン系の文脈なしの純粋な身体美」への関心だ。
マッチョ男優・筋肉男優カテゴリは、 「努力・自制心・健康管理」という現代的価値観との結合によって 新しい文化的意味を付与された。「筋肉=努力した証拠」という意味付けが、 古典的な「体格差への進化的嗜好」を現代的に再コーティングしている。
Figure 1 — 主要男優タイプの需要変化トレンド(模式)
FANZAジャンル別タイトル数・検索データをもとにした模式図
3.5 2020年代: 多様化と個別最適化の時代
2020年以降、単一の「主流タイプ」が消えた。マッチョ・ガテン・イケメン・熟年・ 草食・おじさんがそれぞれ独自のニッチ市場を形成し、共存する。 さらに「組み合わせ」カテゴリの細分化が進み、ガテン系×マッチョ・高身長×イケメンのような 組み合わせタグが消費者の特異的な嗜好に対応するようになった。
この多様化はプラットフォームの発達と連動している。検索・フィルタリング・ アルゴリズム推薦が「自分の嗜好にぴったりの作品」を見つけやすくなった結果、 ニッチな需要が顕在化・充足されるようになった。
4. 「おじさん男優」の逆説的人気
2010年代後半以降の興味深い現象として、おじさん男優・中年男優カテゴリの安定・成長がある。 「イケメン若手」が選択肢として存在する中で、なぜ中年・おじさん男優への需要が根強いのか。
社会学的解釈として、「年齢的な経験・厚み・存在感」への嗜好が見られる。 Jonason(2014)の研究は、女性の一部において「年齢が高く・社会的地位がある」男性への選好が 若い男性への選好より強いことを示した。これは「社会的資源の蓄積」を年齢に代理評価する 進化的傾向と整合する。
また「おじさん男優」の人気には、「近接感・現実感」という要素もある。 完璧に整った「イケメン」よりも、生活感・人間味のある「おじさん」の方が 自己投影・感情移入が容易という消費者も多い。この「リアリスティック・ファンタジー」という 需要カテゴリは、AVコンテンツの消費動機分析において重要だ。
5. ジェンダー論的解釈: 覇権的男性性の複数化
Connell(1995)の枠組みに照らすと、AVの男優タイプ多様化は 「覇権的男性性の単数から複数へ」という社会的変容の反映だ。 かつて「強い・稼ぐ・クールな男」という単一のモデルが支配的だった日本社会で、 2020年代には「ガテン系の野性・イケメンの外見・おじさんの経験・草食系の優しさ」が それぞれ独自の市場を持つ多元的な男性性の共存が生まれている。
これは社会の成熟と個人化の進展の産物であり、「どんな男性性も市場性を持ちうる」という 需要の民主化とも言える。反面、この多様化がいかに生身の男性に 「どのタイプの男性性を演じるか」というプレッシャーをもたらすかも、 検討すべき問題として残る。
6. 女性視聴者の「本当の需要」と産業の応答
男優タイプの変遷を分析する上で見落とせないのは、女性視聴者の嗜好が 徐々に産業に反映されていったプロセスだ。かつては「男性向け」として設計されていた AV産業が、女性視聴者の需要を認識し始めたのは2000年代後半以降のことだ。
イケメン男優カテゴリの確立・女性向けAVジャンルの拡大・関係性重視コンテンツの増加は、 いずれも「女性が実際に何を求めているか」への産業の応答だ。この変化は、 女性の性的欲望が「隠れた需要」から「顕在的市場」へと変容した歴史的プロセスを示している。
参考文献
- Connell, R.W. (1995). Masculinities. Polity Press.
- Kimmel, M. (2008). Guyland: The Perilous World Where Boys Become Men. Harper.
- Jonason, P.K. (2014). Personality and individual differences. Personality and Individual Differences, 56, 158–162.
- 三橋順子 (2015). 「日本のポルノグラフィとジェンダー」ジェンダー研究第18号.
- Bernstein, E. (2007). Temporarily Yours: Intimacy, Authenticity, and the Commerce of Sex. University of Chicago Press.
- Connell, R.W., & Messerschmidt, J.W. (2005). Hegemonic masculinity: Rethinking the concept. Gender & Society, 19(6), 829–859.