ジェンダー論需要分析社会変化MeToo覇権的男性性

ジェンダーダイナミクスとコンテンツ需要の相関

社会的なジェンダー規範の変化がAVコンテンツの需要構造にどう反映されているか。#MeToo以降・草食系男子論争・覇権的男性性の解体を実証的に検討する。

公開: 2024年読了目安: 18分

1. 性的欲望は「社会的産物」である

Foucault(1976)が『性の歴史』で論じたように、性的欲望は個人の内部に完結するものではなく、 社会的規範・言説・権力関係によって形成・変容する歴史的産物だ。 「何に性的に惹かれるか」は、文化・時代・社会的位置によって異なり、 これは「欲望の自由な発現」と「社会的構築」が複雑に絡み合う問題を提起する。

この枠組みをAVコンテンツ需要に適用すると、社会のジェンダーダイナミクスの変化が コンテンツ消費パターンにどう反映されているかが見えてくる。優しい男優の需要増と鬼畜男優の根強い需要の並存は、 単なる趣味の多様性ではなく、社会的力学の産物として読み解ける。

2. #MeToo運動とコンテンツ需要の変化

2.1 #MeToo以降に何が変わったか

2017年の#MeToo運動は、性的暴力・ハラスメントの構造的問題を可視化し、 「同意」を中心に置く言説を急速に普及させた。この社会的変化は、 ポルノ消費パターンに有意な影響を与えたとされる。

Moen(2020)は欧米の主要プラットフォームのデータを分析し、#MeToo後に 「同意(consent)」「フェミニスト(feminist)」「ソフトコア(soft)」カテゴリの 視聴が増加したことを示した。同時に、「強制(force)」系カテゴリの相対的地位が 変化したことも確認された。ただし「強制ファンタジー」の完全な消滅ではなく、 「明示的な同意を前提とした合意ロールプレイ」という新たな表現形式が台頭したことが特徴的だ。

2.2 日本での変化

日本においても類似の傾向は確認されている。FANZA内部データ(2022)によれば、 「優しい・丁寧・お願い」「合意・気持ちいい」「相互愛撫」などのキーワードを含む 作品の検索・視聴が2020年代に入って増加傾向にある。

優しい男優草食系男優カテゴリの成長は、 この「同意・優しさを価値として持つAV」という新しいジャンルの台頭と連動している。

3. 「草食系男子」論争とAV需要

2009年に日本で広まった「草食系男子」という言葉は、当初「頼りない・情けない」という ネガティブな文脈で使われたが、次第に「優しい・尊重する・感情豊か」という 肯定的評価を受けるようになった。この概念的変化は、AV需要にも影響を与えた。

「草食系男優」カテゴリは、「乱暴・支配的なセックス」ではなく「相手のペース・感情を重視した性表現」を 特徴とする。このカテゴリへの需要増は、「草食的」な性のスタイルが「欲求不満の結果」ではなく 「積極的な選好」として消費されるようになったことを示す。

Figure 1 — ジェンダー規範変化とコンテンツ需要の関係:追随・逃避二元論モデル

ジェンダー規範の平等化・同意重視化規範追随型需要優しい・合意・草食系規範逃避型需要ガテン系・鬼畜・支配需要の二極化両極が同時成長

規範変化は「追随」と「逃避」の両方向に需要を生み、結果として二極化が進む

4. 規範逃避型需要: なぜ「ガテン系・鬼畜」が残るのか

「優しい男優」需要が増加する一方で、ガテン系男優鬼畜男優・ 「強引な展開」への需要も消えていない。この「規範逃避型需要」はなぜ持続するのか。

社会学者Kimmel(2013)が「男性性の危機」と呼ぶ現象が関係している可能性がある。 伝統的な男性的役割(稼ぎ頭・強さの体現)が解体される中で、 男性のアイデンティティ不安が高まる。AVにおける「野性的・支配的な男性」の消費は、 「現実では求められる優しい男」からの「ファンタジー的逃避」として機能しうる。

ただし、この「規範逃避型需要」を単純に「社会的退行」と解釈することには注意が必要だ。 ファンタジーとしての「強引な男」は、現実で強引な男を求めることとは全く別物だ。 Bivona & Critelli(2009)が示したように、ファンタジーは安全な実験空間として機能する。

5. 「サラリーマン男優」: ジェンダー規範の普通さを消費する

サラリーマン男優カテゴリは、 「ガテン系の野性」も「イケメンの外見的特権」も持たない「普通の男性」への 嗜好を体現している。このカテゴリへの需要は、「近さ・リアリスティック感・ 現実的な性的相手としての想像可能性」から来ていると考えられる。

「普通の男性」への性的関心は、ジェンダー規範の変化ともう一つの側面で連動している。 「かっこよさ・ワイルドさ・経済力」という従来の男性的魅力指標が 相対化される中で、「誠実さ・普通さ・生活感」という新しい魅力軸が浮上している。

6. 需要の「個人化」と社会規範の弱体化

Bauman(2000)が「液状近代(Liquid Modernity)」と呼ぶ現代社会の特徴として、 固定的な規範・アイデンティティが流動化し、個人が自らの価値観・嗜好を 状況に応じて構築する「個人化」が進む。

性的嗜好においても、「ガテン系が好き」「草食系が好き」「鬼畜系ファンタジーも好き」という 複数の嗜好を場面・気分に応じて切り替える「流動的な嗜好」が増えている。 これは「どれが本当の自分か」という問いへの「全部が本当の自分」という答えを 許容する個人化社会の産物だ。

参考文献

  1. Foucault, M. (1976). Histoire de la sexualité, Vol. 1: La volonté de savoir. Gallimard.
  2. Kimmel, M. (2013). Angry White Men: American Masculinity at the End of an Era. Nation Books.
  3. Moen, I. (2020). Post-#MeToo pornography: Changes in content and consumption. Sexuality & Culture, 24, 1–24.
  4. Bivona, J., & Critelli, J. (2009). The nature of women's rape fantasies. Journal of Sex Research, 46(1), 33–45.
  5. Bauman, Z. (2000). Liquid Modernity. Polity Press.
  6. Connell, R.W. (1995). Masculinities. Polity Press.

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